祖牛曼荼羅
僧侶であり庭師でもある  福村祖牛の気ままな記録。 event 山水人の情報も。
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若い人が菩薩の輝きを見出すために 5
●若い人に菩薩の輝きを見出すチャンスを

福村祖牛師が比叡山に上がって最初に感じたのは、2600年前のインドの民衆が今の我々と同じ悩みを持っていたことへの驚き。人間の本質はちっとも変わっていない。このことを若い人たちが知れば、仏教は必ず若い人をひきつけるはずだと。
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若い人が菩薩の輝きを見出すために 4
●大事なものを欠いてしまっている日本の仏教

祖牛師は、自分を僧侶と思われても、植木屋と思われていても、今はこだわりは無い。また若いときに批判的だった日本の仏教に対しても、それが腐敗しているかどうかを考えているよりも、自分がやりたいことをやる方が楽しいという。また、それが仏教がかつての輝きを取り戻すための実験であるとするなら、わくせいサンガの運営はかえって仏教復活の早道かもしれないと思う。
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若い人が菩薩の輝きを見出すために 3
●牛小屋を見つけ、念願のサンガ作りに

 中国、四国、九州とまわるとちょうど一年。師匠の元に戻ると
「今の比叡山には人物がおらん。大徳寺へいきなはれ」と。
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若い人が菩薩の輝きを見出すために 2
●天台僧ながら天台宗寺院に門前払い

 若き日の福村さんも、今の若者達と同様に、“自分探し”の遍歴を重ねていた。
 西陣の老舗帯問屋の長男に生まれ、西陣に育った。中学時代から仲間とロックバンドを組み、府立紫野高校時代はちょうど70年安保の、全国の学園が荒れた時期。関西の公立高校はその波に大きく洗われ、福村さんもその闘争の渦中に飛び込んで行った。伸ばした髪が腰の近くまで垂れ、周囲の大人の目には「おかしな高校生」と映っていた。
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若い人が菩薩の輝きを見出すために 1
●吉田山の山頂に忽然と現れた名園

銀閣寺近くの市街地に屹立する吉田山。麓に吉田神社があり、京都大学のキャンパスが広がる。いわば京都の山の手という地域だ。
その吉田山の山頂近くに深い樹々の緑に埋まるようにして三つの独立した茶室と会席料理のための建物が建つ。それを耳にすると京都っ子はおろか、“山の手”一帯にの人も「ええ、ほんま?」と驚くかも知れない。禅と念仏

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